大和街道と大坂街道の分岐点に地蔵の辻がある。この場所に奉られている地蔵尊は1719年に徳川頼宣の母、お萬の方が建立したとある。この旅人が行き交う道は悲しみの道でもある。 ”はてのはつかに旅たちするな” と伝えられる言葉がある。はてのはつかとは、師走の20日、江戸時代紀州では罪人の処刑日であった。罪人は城内の牢から裸馬に乗せられて沿道の人々にさらしながら刑場に向かう。だから昔の人はこの日の旅立ちを忌み、出発を控えたそうな。罪人はこの辻で馬からおろされ、目かくしをはずして地蔵尊に手を合わせ、見送りに来ている家族との別れをおしみ処刑場の八軒屋に向かったそうな。

現在の和歌山市中ノ島、地蔵の辻は道路の拡幅工事に伴い、地蔵尊は交差点から約200メートル南へ移動した。

今は新しい祠で歴史を刻む。