日本書紀の「神武天皇東征紀」によれば、名草邑(現、和歌山市~海南市)を統治していた豪族の「なぐさとべ」を神武軍が制圧したとあり、残酷にも名草戸畔の身体を、頭、胴、足の3つに切断したとされる伝説が残っている。邑人は捨て置かれた頭、胴、足をそれぞれ葬り、頭を「宇賀部神社」、胴を「杉尾神社」、足を「千種神社」に祀ったと伝えられている。 神武天皇に平伏す名草戸畔

(1)宇賀部神社(おこべさん)
「頭」の神様として受験生に人気がある。ルバング島から帰還した小野田寛郎元少尉の本家であり、現在も小野田家が宮司を勤めている(海南市小野田)。